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こころの糧に

イエス

イエスの名を呼びつめよう
入る息 出る息ごとに呼びつづけよう
いきどおりがわいたら
イエスの名で溶かそう
弱くなったら
イエスの名でもりあがって強くなろう
きたなくなったら
イエスの名できれいになろう
死のかげをみたら
イエスを呼んで生きかえろう


                   八木 重吉 『花と空と祈りと』


理想の兄

主のご降誕の日を迎えました。
「クリスマス」、神様の愛が幼子イエスによって私たち人間に示された日。
また、人を通して神様の愛を知る日でもあります。
先日読んだ、クリスマスのお話を紹介します。



これはぼくの友達、ポールの話である。

ある年のクリスマスイブのこと、ポールは兄さんからクリスマスに新車をプレゼントしてもらった。ポールがオフィスから出てくると、街でよく見かける少年が、そのピカピカの新車の回りを歩き回っていた。よほどその車が気に入ったらしく、ポールに話しかけてきた。

「この車、おじさんのかい?」
「ああ、兄貴からのクリスマスプレゼントさ」
と、うなずきながらポールは答えた。少年はそれを聞いてひどく驚いた様子だった。

「えっ?おじさんの兄さんがくれたって?おじさんは全然お金を払わなくてよかったの?うわあっ、すごいな!ぼく・・・」
と、少年は何かを言いかけたが、そのまま口をつぐんでしまった。
少年は、「ぼくにも、こんな兄さんがいたらなあ」
と言いたかったのだろう、とポールは思った。ところが、少年の口から出た言葉にポールは耳を疑った。

「ぼくね、おじさんの兄さんみたいになりたいなって思ったんだ」
ポールは、まじまじと少年の顔を見つめていたが、自分でも思いがけない言葉が口をついて出ていた。
「この車に乗ってみるかい?」
「本当?ウン」

車を走らせてまもなく、少年の目はキラキラと輝き始めた。

「おじさん、ぼくの家の前まで乗せてくれる?」

ポールはおもわずニヤッとした。きっとこんな大きな車で帰ってくるところを近所の人たちに見せて、自慢したいんだなと思った。しかし、その憶測はまたもやはずれた。

「あそこに階段がついている家が見えるだろう?そこでちょっと待ってくれる?」

少年は車を降り、駆け足で家に入っていった。しばらくすると家の中から、ゆっくりとした足音が聞こえてきた。少年が体の不自由な弟を背負って出てきたのだった。
弟を階段の一番下に座らせ、車がよく見えるように弟の体を支えた。

「ほらバディー、見てごらん。さっき言ったとおり、すごい車だろ。そこにいるおじさんの兄さんがクリスマスプレゼントにくれたんだって。それも、まるっきりタダでくれたんだって。お前も、待ってなよ。兄ちゃんが、いつかきっとあんな車をおまえに買ってやるからね。そしたら、いつも話してるクリスマスのきれいな飾りを、その車に乗って見に行こうね」

それを聞いたポールは何も言わずに車を降りると、少年の弟を抱き上げ車の助手席に座らせた。
目をキラキラ輝かせた少年もその横に乗り込むと、三人はドライブに出かけた。本当に素晴らしいクリスマスのドライブだった。

このクリスマスの日、ポールは聖書のみことばをしみじみ感じたのである。

             「受けるよりは与える方が幸いである」

                   

                    ダン・クラーク 『こころのチキンスープ 』 より



老いたひとりの農夫が、ゆり椅子に身をゆだねて
暖炉の火を見つめていた。
   遠く教会の鐘が鳴っている。
    クリスマス・イブ。
彼はもう長いこと、教会に背を向けて生きてきた。
「神が人間になっただと?ばかばかしい。
 だれがそんなことを信じるものか。」
   眼を閉じ、薪のはじける音を聞きながら
    彼はまどろみかけていた。

突然、窓ガラスに何かがぶつかる烈しい物音。
それも次々に、さらに、さらに烈しく。
何事かと、彼は身を起こした。
   窓際に立って見たものは
   音も無く雪の降り積もる夜闇の中に
   この家を目指して押し寄せてくる
   おびただしい小鳥の群れだった。
雪闇に渡りの途(みち)を誤ったのだろうか。
小鳥たちはともしびを求めて
ガラス窓に次々と打ち当たっては
むなしく軒下に落ちていく。

彼はしばし呆然とその有様を眺めていたが
外に出るや、雪の降り積もる中を一目散に納屋へと走った。
   扉を大きく左右に開け放ち、電灯を明々と灯して
   干し草をゆたかに蓄えた暗い納屋へ
   小鳥たちを呼び入れようとした。
彼は叫んでいた。
「こっちだ、こっちだ、こっちへ来い!」

しかし、はばたく小さいいのちたちは
彼の必死な叫び声に応えず
なおもガラス窓に突き当たっては、死んでいった。
   農夫は 心のうちに思った。
   「ああ、わたしが小鳥になって、
    彼らの言葉で話しかけることが出来たなら!」

一瞬彼は息を飲んだ。
彼は瞬時にして悟ったのだ。
「神が人になられた」ということの意味を。
彼は思わず、その場にひざまずいた。

今や、人となり給うた神の神秘に満ちた愛が
ひざまずく老いた農夫を静かにおおい包んでいた。
彼の上に降りかかり、降り積もる雪は
そのしるしとなっていた。

                         佐久間 彪


もしも・・・

もしも、あなたが悲しんでいるなら、喜びなさい。
   クリスマスは喜びだから。

もしも、あなたに敵があるなら、和解しなさい。
   クリスマスは平和だから。

もしも、あなたが傲慢であるなら、低くなりなさい。
   クリスマスは謙遜だから。

もしも、あなたに負債があるなら、弁済しなさい。
   クリスマスは正義だから。

もしも、あなたに罪があるなら、悔い改めなさい。
   クリスマスは恵みだから。

もしも、あなたが暗闇に沈んでいるなら、灯をともしなさい。
   クリスマスは光だから。

もしも、あなたが心得違いをしているなら、反省しなさい。
   クリスマスは真実だから。

もしも、あなたが心に恨みを抱いているなら、捨てなさい。
   クリスマスは愛だから。

もしも、あなたが絶望をしているなら、キリストに目を向けなさい。
   クリスマスは希望だから。

もしも、あなたに友人がいるなら、探し出しなさい。
   クリスマスは再会であるから。

もしも、あなたに愛する人がいるなら、愛を告げなさい。
   クリスマスは肯定だから。

もしも、あなたの身の回りに貧しい人がいるなら、助けなさい。
   クリスマスは贈り物だから。

                              作者不詳


今週と来週は、幼稚園でそして学園でクリスマス会が行われます。毎日、修道院の隣にある愛徳幼稚園からはハンドベルの音色が聞こえています。子どもたちと一緒に一足先にイエス様のご降誕をお祝いしたいと思います。以前、カトリックの雑誌で読んだお話を紹介します。


ある村では、毎年クリスマスに、
村の子ども達が、2000年前の世界で最初のクリスマスの降誕劇をして、
お祝いしていました。
その劇の中で、一人の知的障害を持っている子がいました。
短いセリフさえ覚えられない子でした。
その子の役は、もうすぐ赤ちゃんが生まれそうなマリア様を連れて、
宿屋を探しに来たヨセフ様に
「うちはもう満員で、お泊めすることはできません。
おとなりで聞いてください。」
というセリフを言う宿屋の主人の役です。
何度も何度も練習し、
ついにその子は、セリフを覚えたのです。

そしていよいよ当日がやってまいりました。
村の人々も、またその子の両親も、かたずをのんで見ている中を、
大きなお腹をしたマリア様を連れ、ヨセフ様が来て戸をたたいて言いました。
「今晩ひと晩泊めてください。」
すると、その子は
「うちはもう満員で、お泊めすることはできません。
おとなりで聞いてください。」と、
練習したセリフを間違いなく言うことができたのです。
ところが、その言葉を聞いて、
ヨセフ様とマリア様がさびしそうにそこを去ろうとしたとき、
その子は急に走り出し、マリア様にしがみついて泣きながら叫びました。
「どこにも行かないで!僕の家にお泊まりください!」
そう言って泣きじゃくるのでした。

それは、もう脚本どおりの劇ではなくなりました。
しかし、その日、この劇を見ていた村人達も、その子の両親も、
共に涙を流しながら、本当のクリスマスをお祝いしたのでした。

エッサイの株からひとつの芽が萌えいで
その根からひとつの若枝が育ち
その上に主の霊がとどまる。
その日が来れば
エッサイの根はすべての民の旗印として立てられ
国々はそれを求めて集う。
そのとどまるところは栄光に輝く。
                      イザヤの預言 11:1-2,10