こころの糧に
2016年11月27日
11月生まれのシスターから

あなた方自身を、
神に喜ばれる
聖なる生けるいけにえとして
捧げなさい (ローマ 12:1)
このみ言葉は、受洗して間もなく、主から頂く
数々のお恵みを、どのようにして感謝したらよいかと
考え続けていた頃に、聖書を開いた一瞬に、
飛び込んできたみ言葉です。17歳の時以来
私の耳から離れない尊いみ言葉となり、
元気を頂いています。
―11月14日生まれのシスターSより―

神の愛は永遠
初めて教会を訪れた時に頂いたみ言葉です。
あれから今日までの長い生涯の日々、このみ言葉に
力づけられ、神様の愛の偉大さを、少しずつ解らせて
いただきながら、今日を迎えられたことを深く感謝いたし
ます。
その神の永遠の愛の御手が“そっと“私に差し出された時には、
安心してその御手の中から神様の御国へお引越ししたいなと思いながら、日々を送っています。
-11月23日生まれのシスターTよりー
2016年11月06日
10月生まれのシスターから
「キリストの力がわたしの内に宿るように、
むしろ大いに喜んで
わたしの弱さを誇りとします。
わたしの恵みは、あなたには十分である。
力は弱さの中でこそ十分に発揮される。」
第二コリント12:9.10
聖パウロのこの箇所が好きで、
終生誓願のカードに選んだみ言葉です。
自分の弱さの中で、主により頼んだ時、
いつもそれ以上のもので応えてくださっています。
10月8日生まれのシスターTより
蛇のように賢く、鳩のように素直でありなさい。 マタイ10:16

蛇には、悪いイメージしか持っていなかったので、”蛇のように?”というところに興味を持ちました。口達者と言われていた少女時代の私は、このみ言葉を何回も繰り返して読んでみました。何かに引っかかりました。蛇のような賢さには及ばないですが、私には、ある程度周りの必要を察知する力があり、物事を臨機応変に対処できると思っていました。こんな私でしたが、自分の振る舞いや言動が、自分本位で多少浮いているかもしれないと感じていました。ですから、私は神様の前で堂々としていることができませんでした。
世の中で様々に変化する物事、種々の誘惑の中で、最終目的(天国、あるいはイエスとの一致)に達するのには、識別力や判断力、行動力が必要であることを強く感じます。聖書の中では、偽りがないこと、偽善者でないことが、よく求められていると思います。このみ言葉を通して、キリスト者には賢さと素直さの両方が欠かせないことを悟りました。
それ以来、賢明を求めながら、素直であるようにと願っています。
これからも同様に願っていきたいです。 10月29日生まれのTより

求めなさい、そうすれば与えられるであろう。
さがしなさい、そうすれば見つけられるであろう。
たたきなさい、そうすれば開かれるであろう。 (マタイ7:7)
愛徳カルメル会の黙想会に参加した時、指導してくださった神父様のこのみ言葉で入会の決心をしました。初誓願のお知らせをこの神父様にしましたら、次のことばで、お返事がありました。
「わたしは戸口に立ってたたいている。もし、だれかがわたしの声を聞いて 戸を開くならば、わたしは彼のもとに入って、ともに食事をし、その人もまたわたしとともに食事をする。」
(黙示録3:20)
10月30日生まれのシスターUより
2016年10月04日
9月生まれのシスターから
「わたしは、光によって光を見る」詩編36:10

終生誓願の記念カードにこの言葉を書きましたところ、長上の方からもっと他の言葉を選ぶようにといわれました。色々考えたのですが、どれも心にひびきません。終生誓願によって、私はすべてを主に捧げ、これからの人生を、主と共に、主のみ旨を忠実に生きたいという念願がありました。今もその願いは変わりません。
弱く、小さく、貧しい者は、主の助けと恵みがあるから喜びの日々があるのです。主のいつくしみと愛によって、わたしたちはいつも自分自身から出て、他者へと向かうことが出来る存在です。光によって、光が見えるからです。 9月22日生まれのシスターKより
「神よ、人とは何者か。
なぜ人に心を留められるのか。
なぜ人の子を顧みられるのか。
人は皆 通り過ぎる風。
その日々はうすれゆく影。」
詩編144:3.4
一日の終わり、屋上で夜空に輝く星を眺めていると、宇宙の偉大さを感じます。
9月29日生まれのシスターHより
2016年08月30日
8月生まれのシスターから
「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの身を結ぶ。自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む者は、それを保って永遠の命に至る。わたしに仕えようとする者は、わたしに従え。そうすれば、私のいる所に、わたしの使える者もいることになる。」
(ヨハネ12:24から26)

初めて教会を訪れ(今から45年前)聖堂に足を踏み入れ、「ここには本当の神様がいる」と確信した時、出会ったみことばです。その時はまだ聖書も持っていなかったので、どのように出会ったかは思い出せません。みことばの意味も解らなかったのですが、何か大切な言葉だと思い、すぐに聖母の聖絵の裏に書き写して今まで大切に持っています。わたしの人生に同伴し、いつもイエスへと導き招いてくれたみことばです。 8月6日生まれのシスターUより

「イエスはこの上なく愛された」
「イエスはこの世にいる弟子たちをこの上なく愛し抜かれた」
(ヨハネ13:1)
最近、このイエスのことばが心に響いてきます。
「主はこの世にいる私たちを、そして私をこの上なく愛してくださっている」
この上なく愛してくださるイエスがいる。これ以上愛せないほどに神様は私たち一人一人を愛してくださる。それは十字架のイエス様。小さなパンの中に隠れ、私たちの心に来てくださるイエス様。この上なく私を愛するために、今日も私のもとに来てくださるイエス様との出会いの時を頂く。なんと大きな慰め、喜び、そして生きる力を得ることでしょう!毎日、どんな大きな嵐が心にすきすさんで来ても、このことばによって、平和な心に変えていただいています。感謝の心で今日も精一杯生きる喜びに心が満たされるのです! 8月14日生まれのシスターSより
2016年07月31日
7月生まれのシスターの分かち合い

*あなたの重荷を主にゆだねよ。主はあなたを支えてくださる。
詩編55:23
*こんなに長い間、一緒にいるのに、
まだわたしがわかっていないのか。 ヨハネ14:7
*わたしのことばに心をとめ、わたしの語ることに耳を傾けよ。
格言4:20
*おまえは自分の神との出会うそなえをせよ。 アモス4:12
*心を尽くし、魂を尽くして、あなたの神、主に立ちかえりなさい。
みことばは、あなたのごく近くにあり、あなたの口と心にある。
申命記30:10
*神は悩みのうちにある者をささえ、倒れる者をすべて立たせて下さる。
助けを求めるすべての人、心から祈る人のそばに神はおられる。
詩編145:13
7月8日生まれのシスターOより

「イエスは、その人の手を取って村の外に連れていき、両方の目につばをつけ、それに両手を当ててから『何か見えるか』とお尋ねになった。すると彼は見えるようになり、『人が見えます。木のようですが歩いています』と言った。それからイエスが再び両手を両眼に当てられると、彼はよく見分けることができた。目はもとどおりになり、すべてのものがはっきりと見えるようになった。」 マルコ8:23-25
シスタービルマ(2004年)の霊操の折、私の心にふれたみことばです。シスターは「間違う必要もあれば、間違われる必要もある」と言われました。そして「見えるようにしてくださいと祈るために」とつけ加えられました。聖霊は様々なことをとおして、自分のあやまりを知らせてくださいます。相手の方が正しいことを悟らせてくださいます。このようにして変えられつつある自分を、素直に認めることのできる恵みのみ言葉なのです。
さて、私の生まれた日はS20年7月9日でした。その頃は空襲も激しくなり、母は押入れの中で出産しました。隣の堺市が大空襲に見舞われた夜でした。姉はその手記に二首歌を残しています「妹誕生 堺が炎と燃える夜 真赤な空をも知らずに眠る」「歩き出す 身重の母を 真中に父は足元だけ見よ と言う」後者の歌は3月13日、空襲を避けて逃げる母です。戦後の食糧難の時代に子どもを育てるのは大変だったことでしょう。このように育まれたいのちを大切にしたいと思います。
7月9日生まれのシスターSより