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心に響く私のみ言葉

「わたしの目にはあなたは値高く、貴く 
  わたしはあなたを愛し
  あなたの身代わりとして人を与える。」イザヤ43:4

 

 終生誓願宣立の前から、私を励まし続けている聖句ですが、一層深くこのみ言葉が私の深奥に浸みこんできたのは、終生誓願立ててから数年後に与った一か月の霊操中でした。無意識のうちに自分の内にため込んでいて、表出されなかった想いを注ぎ出す作業の末に浸みこんできました。私の全てを知り、「あなたのために死んでもいい。」と私にいのちをかけて愛してくださる主のメッセージでした。あれから、沢山の任地に赴き、様々な仕事に関わらせていただきました。新しくなる度、戸惑いもついてまわりますが、どんな私でも主は私を尊いものと観ていてくださると確信して、喜びと平和に過ごしてこられたと思います。人間関係に苦しむ友もたくさんいますが、分かち合いに耳を傾けながら、心の中で「でも、あなたは、今のあなたのままで神様に愛されていますよ」と呪文のように繰り返しています。 
                              12月6日生まれのシスターHより


「見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。
 だれかがわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、
 わたしは中に入ってその者と共に食事をし、
 彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。」
               ヨハネの黙示3:20

私が初めてキリスト教の宗教画に接したのが、とってのない戸口に立っておられるイエス様の絵でした。すごく印象に残っています。今も生活の中で日々思い出します。励まし、癒しをくれるみ言葉です。
              12月25日生まれのシスターMより


  あなた方自身を、
神に喜ばれる
聖なる生けるいけにえとして         
 捧げなさい  (ローマ 12:1)
   
  このみ言葉は、受洗して間もなく、主から頂く
  数々のお恵みを、どのようにして感謝したらよいかと
  考え続けていた頃に、聖書を開いた一瞬に、
  飛び込んできたみ言葉です。17歳の時以来
  私の耳から離れない尊いみ言葉となり、
  元気を頂いています。
             ―11月14日生まれのシスターSより―


神の愛は永遠
初めて教会を訪れた時に頂いたみ言葉です。
あれから今日までの長い生涯の日々、このみ言葉に
力づけられ、神様の愛の偉大さを、少しずつ解らせて
いただきながら、今日を迎えられたことを深く感謝いたし
ます。
その神の永遠の愛の御手が“そっと“私に差し出された時には、
安心してその御手の中から神様の御国へお引越ししたいなと思いながら、日々を送っています。
           -11月23日生まれのシスターTよりー


「キリストの力がわたしの内に宿るように、
むしろ大いに喜んで                   
わたしの弱さを誇りとします。
わたしの恵みは、あなたには十分である。
力は弱さの中でこそ十分に発揮される。」
         第二コリント12:9.10

聖パウロのこの箇所が好きで、
終生誓願のカードに選んだみ言葉です。
自分の弱さの中で、主により頼んだ時、
いつもそれ以上のもので応えてくださっています。

        10月8日生まれのシスターTより


蛇のように賢く、鳩のように素直でありなさい。            マタイ10:16

 蛇には、悪いイメージしか持っていなかったので、”蛇のように?”というところに興味を持ちました。口達者と言われていた少女時代の私は、このみ言葉を何回も繰り返して読んでみました。何かに引っかかりました。蛇のような賢さには及ばないですが、私には、ある程度周りの必要を察知する力があり、物事を臨機応変に対処できると思っていました。こんな私でしたが、自分の振る舞いや言動が、自分本位で多少浮いているかもしれないと感じていました。ですから、私は神様の前で堂々としていることができませんでした。
 世の中で様々に変化する物事、種々の誘惑の中で、最終目的(天国、あるいはイエスとの一致)に達するのには、識別力や判断力、行動力が必要であることを強く感じます。聖書の中では、偽りがないこと、偽善者でないことが、よく求められていると思います。このみ言葉を通して、キリスト者には賢さと素直さの両方が欠かせないことを悟りました。
それ以来、賢明を求めながら、素直であるようにと願っています。
これからも同様に願っていきたいです。            10月29日生まれのTより


求めなさい、そうすれば与えられるであろう。
さがしなさい、そうすれば見つけられるであろう。
たたきなさい、そうすれば開かれるであろう。 (マタイ7:7)
 

  愛徳カルメル会の黙想会に参加した時、指導してくださった神父様のこのみ言葉で入会の決心をしました。初誓願のお知らせをこの神父様にしましたら、次のことばで、お返事がありました。
           

「わたしは戸口に立ってたたいている。もし、だれかがわたしの声を聞いて 戸を開くならば、わたしは彼のもとに入って、ともに食事をし、その人もまたわたしとともに食事をする。」 
                     (黙示録3:20)

                             10月30日生まれのシスターUより


「わたしは、光によって光を見る」詩編36:10 

終生誓願の記念カードにこの言葉を書きましたところ、長上の方からもっと他の言葉を選ぶようにといわれました。色々考えたのですが、どれも心にひびきません。終生誓願によって、私はすべてを主に捧げ、これからの人生を、主と共に、主のみ旨を忠実に生きたいという念願がありました。今もその願いは変わりません。
弱く、小さく、貧しい者は、主の助けと恵みがあるから喜びの日々があるのです。主のいつくしみと愛によって、わたしたちはいつも自分自身から出て、他者へと向かうことが出来る存在です。光によって、光が見えるからです。      9月22日生まれのシスターKより


「神よ、人とは何者か。
 なぜ人に心を留められるのか。
 なぜ人の子を顧みられるのか。
   人は皆 通り過ぎる風。
   その日々はうすれゆく影。」
 詩編144:3.4

一日の終わり、屋上で夜空に輝く星を眺めていると、宇宙の偉大さを感じます。
         9月29日生まれのシスターHより


「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの身を結ぶ。自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む者は、それを保って永遠の命に至る。わたしに仕えようとする者は、わたしに従え。そうすれば、私のいる所に、わたしの使える者もいることになる。」
              (ヨハネ12:24から26)

 初めて教会を訪れ(今から45年前)聖堂に足を踏み入れ、「ここには本当の神様がいる」と確信した時、出会ったみことばです。その時はまだ聖書も持っていなかったので、どのように出会ったかは思い出せません。みことばの意味も解らなかったのですが、何か大切な言葉だと思い、すぐに聖母の聖絵の裏に書き写して今まで大切に持っています。わたしの人生に同伴し、いつもイエスへと導き招いてくれたみことばです。       8月6日生まれのシスターUより



   「イエスはこの上なく愛された」

「イエスはこの世にいる弟子たちをこの上なく愛し抜かれた」
                     (ヨハネ13:1)

 最近、このイエスのことばが心に響いてきます。
「主はこの世にいる私たちを、そして私をこの上なく愛してくださっている」
 この上なく愛してくださるイエスがいる。これ以上愛せないほどに神様は私たち一人一人を愛してくださる。それは十字架のイエス様。小さなパンの中に隠れ、私たちの心に来てくださるイエス様。この上なく私を愛するために、今日も私のもとに来てくださるイエス様との出会いの時を頂く。なんと大きな慰め、喜び、そして生きる力を得ることでしょう!毎日、どんな大きな嵐が心にすきすさんで来ても、このことばによって、平和な心に変えていただいています。感謝の心で今日も精一杯生きる喜びに心が満たされるのです!   8月14日生まれのシスターSより