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Happy Easter


主キリストのご復活おめでとうございます!
 多くの兄弟姉妹が、洗礼の恵みを受けて
  教会の家族となってくださったことを
            嬉しく思います。
  神に感謝!!!



キリストに結ばれて、新しく想像された私たち
使徒パウロの思いに通じる私たちの創立者の言葉を
心にとめて歩み続けたいと思います。


私たちの意志はすべてイエスのためであり、
         私たちの能力と感覚は主のためでありますように。


皆様にとって、よい復活節でありますように
                             愛徳カルメル会 一同


創立記念日


 2月26日が愛徳カルメル会の創立記念日です。本会は1826年2月26日にスペインの北ビックというところで貧しさの富を知った創立者が、一番必要とされている人々への奉仕に心を砕きながら、9人の姉妹とともに始められた修道会でした。
 貧しい人々への心遣いを忘れず、自らも貧しく生き、愛徳、謙虚、祈りを奉仕の原点にと願いながら、希望をもって始められました。でも貧しさに耐えられない姉妹は、去っていきました。創立者は悲しみましたが、残された姉妹たちと歩みました。創立者ホアキナは少しも疑わず神に信頼し、委託し、人々に両手を差しのべました。
 創立者の後継者たちが、中国を通って来日しました。東洋を知らず、何もわからない姉妹たちは、ただ神様のお望みの実現を願い、神様のお取り計らいのみに信頼して、宣教を始められました。
 善意ある日本の方々のお世話に感謝しながら、神戸に本部・・・そしてそこから、東へ西へと両手を広げていきました。今では、神戸には小さいながら愛徳学園という幼、小、中、高の学校、大阪と鳥取にも幼稚園を持っています。島田(静岡)、松戸、佐野、鳥取、門真、神戸、台湾に教会の人々と交わり、奉仕している姉妹が生活しています。


 本部修道院で始めた「ホアキナの集い」は、2年目を迎えました。聖女の面影をしのび、それぞれのご家庭のために聖女の取次ぎによって祈るひと時を持っています。2月は19日に13人の方々とシスター達でいたしました。小さいグループですが、とても和やかで2時間があっという間に過ぎていきました。
 今回は、日本の創立に関わったシスター(今はたった一人になってしまいました)に、来日の頃の様子をきくことができました。参加者は感銘を受け、熱心に傾聴していらしたようでした。その後はお茶をいただき、歌を歌って次回の約束をして散会しました。

 第3木曜日は、本部修道院で集まっています。聖女ホアキナの生き方に触れてみたい方は、どうぞおいでください!!このホームページのお知らせの欄に年間予定が載っています。ご覧くださいませ。


新たな気持ちで・・・


2015年2月26日
 愛徳カルメル修道会は, 創立189周年を祝いました!

  導き続けてくださる神様に感謝!
  そして 多くの支えてくださる方々に 感謝いたします!

  教皇様が「奉献生活の年」としてくださっているこの時、特別召し出された喜びを深めつつ
  新しい気持ちで毎日をお捧げしたいと思います。

  今日も神様は、誰かを修道生活へと静かに促してくださっていることでしょう。
  そんな方々が、注意深く神様に心を向け、勇気を持って応えていけますように、祈っています。




写真ーフィリピンで行われた愛徳カルメル会アジアの姉妹の集いより


高山右近に思う

 高山右近に寄せて
 2月3日、神戸文化ホールで《高山右近殉教400年記念ミサ》がありました。約2000名が参集して、盛大な式典となりました。もちろん私たちも参加しました。偉大な先達の生涯に思いを馳せ、生き抜かれた信仰の模範に励まされたひと時でした。
 ところで、右近と共にマニラに流された人々の中に、日本初の女子修道会の創立者と会員が含まれていたことをご存知でしょうか。丹波の国の入り口には《八木城》という山城がありました。そこの城主は内藤忠俊(受洗後は内藤ジョアン)で、「貞(さだ)」という妹がいました。18歳で結婚し子を設けることなく夫に死に別れ、オルガンチーノ神父と出会って洗礼を受けた《内藤ジュリア》は、多くの艱難に会いながらも自宅に女性たちを集め、イエズス会のモレホン師の指導のもとに5名の婦人たちと日本初の女子修道会、《都のベアタス会》を創立したのです。
 その後、右近と共にマニラに流されたジュリアは、マニラで大歓迎を受け、郊外のサン・ミゲル村に住んでフィリピン国から年俸を受けて暮らしていた、と云われています。会員も15名に増え《マニラのベアタス会》として周辺の住民の良い相談相手となり宣教に励んでいたそうです。サン・ミゲルに移住して10年目、内藤ジュリアはその生涯を終え、会員も一人また一人とこの世を去ると、この修道会も最後の会員の死で消滅してしまいました。


この話を初めて聞いたのは、マニラでした。右近列福に向かって気運が高まっている今、右近と行動を共にし、マニラの地で一粒の麦となった女性がいたことを改めて思い起こしたいと思います。また、現代の視点からすれば《難民》であり《移住者》であったこの人々の姿に、今私たちの周りで苦しんでいる難民、移住者の姿を重ね合わせ、イエスの福音が目指しているのはこの人たちの《尊厳》であることをこの機会に肝に銘じたいと思うのです。
            垂水共同体より


国際色豊かなある教会の日曜日

私たちが所属するカトリック佐野教会では、1月11日(日)のミサ後「信者総会」がありました。いつものことですが、開催日ギリギリに総会書類ができ、翻訳作業も間に合わないほどの慌てぶり。今年こそはと思いながら…今年も例年のようになりました!英語・ポルトガル語・スペイン語・日本語と4ヶ国語を準備し、当日はあっちにこっちにマイクを持ってバタバタ。参加者の三分の二は多国籍信徒の皆様でした。沢山の意見、提案がありとても有意義な総会でした。勿論課題山積ですが、対話を重ねることでお互いが理解し合い、一つの教会共同体になっていけると確信した日です。私たちの絆の中心は、一致の源であるイエス・キリストですから!
 終わったら、待ちに待った持寄り食事会。ブラジル食、ボリビア食、日本食など多国籍料理が食卓に所狭しと並べられます。お皿を手にした顔はニコニコ。一緒に食べることでより親しくなります。イエスも食事を大切にされました。これからもイエスの食卓と皆で頂く食事の両方を大切にして、違いが豊かさになるように食卓を囲みましょう。