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秋の修道院

11月1日諸聖人の祝日の前晩、私たちは「自分の頂いた聖人について」というテーマで準備し、分かち合いました。あらためて、自分の頂いた聖人について考えることが出来ました。聖人についてきくことは、生き方、信仰において富まされます。
11月16日姉妹の移動があるので、歓送迎会をかねて、京都鞍馬寺、詩仙堂へ。顔が赤くなるほどの紅葉には少し早かったとはいえ、庭園、道中の山々の美しい紅葉に満喫しました。それぞれが口にこそ出さなかったにしても、この美しさの根源である美なる神様の偉大さを感じ、感謝の一日となりました。         門真共同体より


永遠の安息を信じて

 11月はカトリック教会では「死者の月」とされています。松戸教会の前にある桜の木が美しく紅葉し、葉を落とす様子を眺めていると、少し物悲しい気持ちになり、11月が亡くなった方のために特別に祈る月に選ばれたのもわかる気がします。亡くなった方たちは、神様のみもとで安らかに憩っていることを信じていますが、やはり死という別れは悲しく辛いものです。特に、突然の死は誰にとっても受け入れがたく信じられないことでしょう。
 今日、東京教区では「自死された方々のために捧げる追悼ミサ」が行われ、一緒に祈りました。カテドラルの受付では亡くなられた方への祈りを奉納の時に捧げて下さるということで、カードに知っている何人かの自死の方の名前とお祈りのメッセージを書きました。それだけでも、一人ひとりの魂のために祈っていただけるのだと思い慰められました。お聖堂はほとんどの方が喪服に近い服装で静けさに満ちていて、私もその静けさと祈りの中に自分が溶け込んでいくような気持ちで、すべての自死された方々のため、亡くなった親友のため、教会の知り合いのため、そして遺された家族をはじめ、心に悲しみと後悔、表現できない思いを抱いているすべての人に思いを寄せ祈りました。
 遺された者の深い悲しみがいえるには時間がかかることでしょう。でも、いつくしみ深い神様が、彼らが自死を選ばざるを得なかったくらい苦しかったことを理解しないはずがありません。絶対天国の門を開いて、そのみもとに引き寄せてくださっているはずです。生きている私は、それを信じて祈り続けたいと思います。カテドラルの祭壇に差し込む光は親友からのメッセージのようで、私たちは再会を約束しました。
 秋が深まり冬の足音が聞こえてきそうなこの時期、普段は忙しい生活に流されて、思い出すことの少ない私たちの先祖、恩人、歴史上の先輩たちを思い起こし、静かに語り合う良い季節なのではないでしょうか?


鶴島への旅


10月14日、空はどこまでも青く、これ以上望めないほどの秋晴れに恵まれた。日生港に着いたのは出発の30分以上前であったが、もう桟橋には「カトリック岡山教会鶴島巡礼の旅」という幟が立ち、委員の方々が乗船名簿をチェックしておられた。私たちは19人団体だったのでそこは通過しなかったが、何だか一安心して船に乗り込んだ。いよいよ出発。
 だんだんと島影は遠くなり30分弱で鶴島到着。さっそくオリエンテーションがあり、「これから殉教者のお墓のある小高い山に、ロザリオを唱えながら登ります」との浜口さんからの説明があった。230名の人々が歩きつつ、声を合わせて祈ることは無理であったが、それでも皆一生懸命ロザリオを繰りながら、この地に流刑の身となった信者の方々を偲びつつ、山上へ向かう。石ころだらけのゴツゴツした道、彼らは追い立てる役人の声を背に幾度この坂を上ったことだろう。


乏しい食事、過酷な労働、住居は座る場もないという劣悪な環境の中で2年間に何人か命をおとしている。資料によるとその命日は、8人中6人が寒い冬に時期である。ふと、戦争中に中国や韓国の人々を労働者として強制連行し、くる日もくる日も過酷な労働力にかりたてられた日本の過去の歴史を思い出した。一つ違うことは、キリシタン達が何のためにこの苦しみを受けているか知ってい          たことである。



 山上の白い十字架、ただ大きな石を置いただけの墓、私たちはここで、遠くは札幌教区から、日本全国から集まった230名の人々と共に6人の神父様方によるミサに与った。カトリック教会の素晴らしさと信仰の種を播いてくださった殉教者の血を心から讃えた。西坂の丘や津和野のような輝かしさは何もないこの鶴島へ、何年も前から毎年巡礼を企画してこられた岡山教会に心からの感謝を捧げる。信仰年の終わりに「信仰とは何か」という大きな問いかけをいただいた旅であった。


若者の集いin静岡!!

晴天に恵まれた体育の日、あちらこちらから若者7名が集まり、神父様、案内と運転を引き受けてくださった2人の信徒の方、そしてシスター4名の14人で行動しました。
八幡教会でのミサのあと、殉教者原主水ゆかりの地を説明を受けながら巡りました。
原主水をかくまったために、廃寺となり、住職も殺されたと言われている耕雲寺。現ご住職のご厚意でカトリック信徒14人は、観音堂で、観音様のみもとで昼食。
そして、原主水のご像のある静岡教会に移動し、神父様のお話を聞き、分かち合いのひと時を持ちました。若者には原主水の人となりを伝えていなかったので、わかりにくいところが多かったと思いますが、殉教者を通して、この集いを通して感じたことの分かち合いは、とてもすてきでした。
修道院ケーキと梅酒ゼリーも喜ばれ、作り甲斐があったというものです。
最後は宮内神父様のリードでテゼの祈りをささげました。
殉教者の取次ぎによって、若者たちが主との深い出会いに恵まれ、神様の促されるままに歩んでいけますようにと祈りつつ別れました。



台湾で有期誓願者の集い!

9月6日から、日本管区の有期誓願者の集いを台湾のスアオの家で始めました。有期誓願者も多忙な毎日のため、集まりの適当な時期を見つけるのに大変でしたが、数か月前から準備したこの集いは、聖霊が一人一人を照らし導いてくださっていることが感じられました。
9月11日までの短い6日間、ほとんどの時間を、共に考察し、分かち合い、祈って過ごしました。
第26回総会文書と会憲を読み、三誓願を深める中で、一人ではなく、皆と一緒に読むことの素晴らしさも体験しました。
私たちはお互いにさらに深く理解し合い、ベドゥルナ愛徳カルメル会会員として成長し、この奉献生活を真剣に生きていくために、誠実な分かち合いを望みました。これを通して以前よりもっともっとお互いを知り、受け入れ合うことが出来ました。そして、ベドゥルナ家族の一員として、祈り、愛、犠牲の精神を深めて生きていきたいと願いました。
この間に、教皇様と総長からの呼びかけに応えて、一日を特にシリア、中東の平和のために捧げました。節食と夜の聖時間を共にできたことも恵みでした。