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日々の祈りと活動

シスターたちのつぶやき、祈りや活動の分かち合いをしていくコーナーです。

阪神・淡路大震災

6434人が亡くなった阪神・淡路大震災から今日で25年。鷹取教会では早朝、追悼の式が行われましたした。宗教や国籍を超えて沢山の方が集まりました。聖書のみ言葉は日本語とベトナム語で朗読され、般若信教の読経に心を合わせながら、ろうそくを捧げ焼香し、亡くなられた方たちのために祈りを捧げました。

突然、大切な人を失った方々の悲しみや苦しみはまだ癒されていないかもしれません。そして、今なお、苦しい中で生活している方たちも多くいらっしゃるかもしれません。

サルベを歌いながら聖母の御手に、亡くなられた方の魂、被災された神戸の街、そして被災された方々をおゆだねしました。




本部修道院は神戸市垂水区にあります。被災されたシスター達は、当時の様子や大変だったことを話してくださいました。四半世紀という時の流れの中で、震災を経験していない人が増えてきています。この震災を風化させることなく、語り継ぎ、そして祈りの中で連帯し続けていきたいと思います。


待降節、降誕節を過ごし年間の典礼が始まりました。思い起こせば2か月前、フランシスコ教皇の来日で日本中が(?)盛り上がりました。「あなたに話がある」と私たちに近づいてきてくださったパパ様。あなたはパパ様とどんな話をしたか覚えていますか?

今日、大阪教区のシスターたちの集まりがあり、酒井司教様が「教皇フランシスコが日本に残したもの」というテーマでお話をされました。酒井司教様はパパ様の印象を「仕事をするためではなく寄り添うために来られた方」と表現されました。

過密なスケジュールの中、時間が押していたこともたびたびだったそうです。でも、時間通りにスケジュールをこなすことではなく、被爆者の声や、子供たちの演奏に耳を傾けることを選ばれたパパ様。自分を待つ人たちに示される親しみのこもった愛深い笑顔は、今も記憶に新しいです。

私たちはパパ様からどのような問いかけをいただきましたか?
それにどのように応えましょうか?

今日から始めましょう!明日からではありません。という言葉で集会は終わりました。

今年の目標は「パパ様から頂いたメッセージを生きる」というのはどうでしょうか??





新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

2019年を振り返ってみると地球温暖化の問題、通り魔的な殺人事件、消費税が10パーセントになるなど、社会を不安にさせる出来事が数多くありました。しかし、そんな中でも、教皇フランシスコの来日は、日本全体に聖霊の風を送ってくださいました。

新たに始まった2020年は、どんな一年になるのでしょう?
日々の出来事や、人を通して主が送ってくださるメッセージを受け取ることができますように。
神様がどんな恵みをくださるか楽しみですね!


本日1月1日は主の降誕八日目で「神の母聖マリア」の祭日です。新しい年の幕開けが、マリア様の祭日というのは何か大きな意味を感じます。

そして、「世界平和の日」でもあります。復讐や憎しみの連鎖を断ち切り、この地上にまことの平和が訪れることを心を合わせて祈ります。

神の母であり私たちの母でもあるマリア様が、祈りを取り次いでくださいますように。


偉大な光がきょう地上に下り、聖なるこの日はわたしたちを照らした。
諸国の民は来て主を礼拝せよ。


共同体の掲示が「降誕節」に変わりました。イエス様のご降誕をみなで喜びました。
この喜びの日であるクリスマスを戦火の中で迎えている人たちもたくさんいます。
平和の君であるイエス様に地上にまことの平和が訪れることを祈ります。


馬小屋の中にイエス様が寝ています。イエス様を見つめるヨセフ様とマリア様。私たちもイエス様を礼拝するために馬小屋に駆けつけました。


静けき真夜中 貧しうまや
神のひとり子は み母の胸に
眠りたもう やすらかに

静けき真夜中 星はひかり
羊飼いたちは うまやに急ぐ
空にひびく 天使の歌

静けき真夜中 光さして
清らにほほえむ 救いのみ子を
たたえ歌え みなともに

       カトリック聖歌 111番

シスターたちの会話

シスターA「イエス様、はだかで寒そうね?」

シスターB「毛布でも掛けてあげましょうか?」

シスターC「イエス様は、温かい心で温めてもらうのが一番いいんじゃないの??」

近づいています


待降節も第4週目を迎えました。
アドベントキャンドルも4本目のろうそくに火が灯りました。
喜びの日がもうまぢかに迫っていて心が高鳴ります。




今日、共同体のみんなでクリスマスの飾りつけをしました。馬小屋を眺めていると静かな心になり、いろいろなことを思いめぐらせることができます。イエス様がお生まれになった場所は・・・?
ベツレヘムという小さな町の馬小屋。小さな赤ちゃんの姿で私たちに会いに来てくださいました。なぜ神様が赤ちゃんの姿に・・・?
それは無力な赤ちゃんだったら、誰も恐れることなく近づくことができます。神様自らが弱いものとして生きられたので、私たちの弱さに共感してくださるのです。
さらに、すべての人、特に弱い立場にある人たち、孤独な人たち、家のない人たちを招いて、ともにいてくださるのです。主イエスは私たちと、ともにいてくださる神「インマヌエル」と呼ばれています。神様の深い愛が幼子の姿に表れています。
まだ、イエス様は生まれていませんが、神の栄光が現れる日はもうすぐです。



玄関にはキラキラ輝くクリスマスツリーが置かれました。輝くツリーを見ながら子供のころのワクワクした気持ちがよみがえってきました。カトリック信者の少ない日本では、多くの人がクリスマスの本当の意味は分からなくても、「クリスマス」にはなにか特別な意味を感じます。
きれいなクリスマスの飾りつけですが、それぞれに意味があるようです。クリスマスツリーに使われるモミの木は常緑樹であることから、永遠の生命を表しています。

クリスマスツリーのてっぺんにある大きな星。これは、博士たちを幼子イエスへと導いた星をあらわしています。私たちの人生の道を照らしてくれる光でもあるかもしれませんね。




キリストは人間のみじめさを帯びてこの世に来られたとき、父の定められた愛の計画を実現し、わたしたちに永遠の救いの道をお開きになりました。栄光を帯びてふたたび来られるとき、いまわたしたちが信頼してひたすら待ち望んでいることは、すべてかなえられます。

                           待降節の叙唱より