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日々の祈りと活動

十字架の道行き

とどまることなく、一番高い山へ飛んでいきましょう。
この世のものから離脱して、ただ十字架の上に生きるのです。
                              ホアキナの言葉




十字架の道行とは、キリストの受難をしのび、受難から復活までの歩みをたどりながら「主のご受難」を黙想する祈りです。特に四旬節中の金曜日に行うよう勧められています。

私たちも、金曜日の夜は共同体みんなで十字架の道行きを行っています。

道行きは14留の場面の中で主の苦しみを黙想しますが、そこには母マリアの姿が、うかがえます。母マリアの苦しみも私たちに多くのことを教えてくださいます。



苦しみの道をたどりながら、WYDパナマ大会の時に話された教皇様の言葉を思い出しました。以下は、VATICAN NEWS WYDパナマ大会:教皇「十字架の下に留まったマリアに学ぶ」より教皇様の言葉をを抜粋します。

      「イエスのカルワリオへの苦しみと孤独の歩みは、今日にも続いている」

・消費しながら、自らをもすり減らす社会は、人々を他人の苦しみに無関心にさせる。イエスは見捨てられた人々の中で、今日も歩み、苦しんでいる。

・キリストの友であるべきわたしたちも、無気力と順応主義に打ち負かされ、麻痺した結果、苦しむ兄弟の中にイエスを見出せず、見ないために目をそらし、聞かないために雑音で紛らわし、叫ばないために口を閉じている。

・長いものに巻かれるのが容易なように、弱い人へのいじめや、嫌がらせ、脅しの文化に陥るのは容易であるが、これに対し、イエスは、値しないと思われているすべての人を抱擁することを望まれた。

・主は十字架の中に、様々な状況を抱えるすべての若者たちの十字架の道行きを一つにし、それを復活への道へと変容してくださる。

・十字架の道行きの中で、生まれること、家族の中で育つことを阻まれた子どもたち、搾取され、尊厳を無視された女性たち、犯罪や麻薬やアルコール、人身取引の犠牲になる青少年、未来を夢見ることができない若者たち、見捨てられたお年寄り、土地やルーツや文化を脅かされる先住民族たち、を見出すことができる。



苦しむ人たちの顔の中を歩まれるイエスに、わたしたちは何ができるのでしょう。
イエスの十字架の下に留まったマリアの勇気、苦しみの前に折れず、心を閉ざさず、寄り添う、その強さ、優しさ、信仰を、マリアから学びましょう。