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日々の祈りと活動

典礼暦のおおみそか


私たちが歩んできた典礼暦C年は、11月24日の「王であるキリスト」で一区切りとなります。来週、12月1日は「待降節」を迎え新しい典礼暦A年が始まります。
「王であるキリスト」の祭日は、この世の終わりに王として再臨されるキリストを祝います。大きな祝日の前には、いつものお祈りとは別に「聖時間」があるので、王であるキリストをたたえて皆で祈りました。


イエスはいつご自分を王として示されたのでしょうか。それは十字架においてです。十字架という失敗の中に、イエスから与えられる無償の愛が現れます。この日の福音はルカ23:35-43です。
随分前ですが、教皇フランシスコが「お告げの祈り」で話された言葉を引用します。

「イエスは、わたしのためにご自分のいのちをささげてくださいました。それにより、わたしたち一人ひとりは、自分の罪から救われます。」

イエスとともに十字架にかけられた犯罪人の一人は、このことをよく理解していました。「善い盗人」とも言われるこの男はイエスに懇願しました。「イエスよ、あなたのみ国においでになるときには、わたしを思い出してください」(ルカ23・42)。しかし、この人は堕落した犯罪人であり、その人生の中で犯した残虐行為のために死刑に処せられ、そこにいたのです。それでもこの人は、イエスの態度、イエスの従順さに愛を見いだしました。イエスの王職は、わたしたちを抑圧するのではなく、むしろ弱さや不幸から解き放ち、善と和解とゆるしの道を歩くよう勇気づけます。イエスの十字架を見つめ、「善い盗人」を見つめ、彼のことばを一緒に唱えましょう。「イエスよ、あなたのみ国においでになるときには、わたしを思い出してください。」自分が弱いと感じ、自分が罪人で、打ちのめされたと感じるときには、自分を見てくださるようイエスに願い求めてください。そして「あなたはそこにおられます。どうかわたしのことを思い出してください」と言ってください。

この世にはあまりにも多くの分裂があり、人類のからだはあまりにも多くの傷を負っています。そのような状況を前にして、おとめマリアの助けを願い求めましょう。わたしたちが、愛情と理解といつくしみをもってみ国を告げ知らせ、王であるキリストに倣うことができますように。