HOME > 日々の祈りと活動

日々の祈りと活動

シスターたちのつぶやき、祈りや活動の分かち合いをしていくコーナーです。

み心の月

6月を迎えました。
コロナウイルスによる緊急事態宣言の解除により、
学校や公共施設、飲食店が再開され町や電車の中に人の動きが見え始めています。しかし、まだまだ元の生活が戻るには程遠く、引き続き感染拡大を防ぐための行動を、私たち一人ひとりが続けていかなければいけません。



今月は、「イエスのみ心の月」です。
イエスのみ心とは、十字架の上ですべてを与えつくした、神の惜しみない愛の心をさします。
人間を愛するがゆえにとことん苦しまれたイエス様。全人類に対する神の愛の象徴としてイエス様の心臓が表されています。

イエス様はおっしゃっています。
「疲れた者、重荷を負う者は、誰でも私のところに来なさい。休ませてあげよう。私は柔和で謙遜な者だから、私の軛(くびき)を負い、私に学びなさい」(マタイ11:28,29)
イエス様の心とは、謙遜と柔和です。

み心の月、謙遜と柔和であるイエス様の心に少しでも近づくことができるよう、私たちの生活を清めてください。
そして、コロナウイルスに苦しむ世界のために、引き続き祈りをささげていきたいと思います。

新型コロナウイルス感染症に苦しむ世界のための祈り

いつくしみ深い神よ、
新型コロナウイルスの感染拡大によって、
今、大きな困難の中にある世界を顧みてください。

病に苦しむ人に必要な医療が施され、
感染の終息に向けて取り組むすべての人、
医療従事者、病者に寄り添う人の健康が守られますように。

亡くなった人が永遠のみ国に迎え入れられ、
尽きることのない安らぎに満たされますように。
不安と混乱に直面しているすべての人に、
支援の手が差し伸べられますように。

希望の源である神よ、
わたしたちが感染拡大を防ぐための犠牲を惜しまず、
世界のすべての人と助け合って、
この危機を乗り越えることができるようお導きください。
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

希望と慰めのよりどころである聖マリア、
苦難のうちにあるわたしたちのためにお祈りください。

                  2020年4月3日 日本カトリック司教協議会認可


今こそ祈りの時

神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。
苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。
万軍の主はわたしたちと共にいます。
ヤコブの神はわたしたちの砦の塔。
                 詩編46:2、8


毎日、新型コロナウイルスのニュースでいっぱいです。
患者数が増える中で先の見えない不安は、私たちの心に恐怖心をおこさせ、デマや噂の誘惑に翻弄されてしまいます。
教皇フランシスコは「新型コロナウィルスの蔓延する中で聖母マリアに保護を願う祈り」を出されました。
早速、毎日共同体で祈っています。
私たちに今できることは祈りです。
みなで心を合わせてマリア様に祈りましょう。
一日も早く新型コロナウイルスの恐怖から解放されますように!


新型コロナウイルスの蔓延する中で
   聖母マリアに世界の保護を願う祈り

マリアよ、あなたはいつもわたしたちの道を
救いと希望のしるしとなって照らしてくださいます。
病者に健康をもたらす方、信仰を固く保ち、
十字架の傍らでイエスと苦しみを共にされた方よ、
私たちはあなたにすべてを委ねます。
あなたは私たちの必要を知り、
必ず与えてくださると確信して、
イエスに取りなしてくださいます。
ガリラヤのカナの出来事のように、
この試練と時を経て、
私たちを喜びと宴に連れ戻してくださるのです。

神の愛の母よ、
父なる神のみ旨に適う者となり、
イエスのおっしゃった通り行動できるよう
助けてください。
イエスは、十字架を通して復活のよろこびに導くため、
わたしたちの苦しみを担ってくださったのです。

聖なる神のみ母よ、
あなたのもとにわたしたちは逃れます。
栄光に満ち、祝福された乙女よ、
試練の中にあるわたしたちの願いを退けず、
あらゆる危険から救い出してください。
                     アーメン


十字架の道行き

とどまることなく、一番高い山へ飛んでいきましょう。
この世のものから離脱して、ただ十字架の上に生きるのです。
                              ホアキナの言葉




十字架の道行とは、キリストの受難をしのび、受難から復活までの歩みをたどりながら「主のご受難」を黙想する祈りです。特に四旬節中の金曜日に行うよう勧められています。

私たちも、金曜日の夜は共同体みんなで十字架の道行きを行っています。

道行きは14留の場面の中で主の苦しみを黙想しますが、そこには母マリアの姿が、うかがえます。母マリアの苦しみも私たちに多くのことを教えてくださいます。



苦しみの道をたどりながら、WYDパナマ大会の時に話された教皇様の言葉を思い出しました。以下は、VATICAN NEWS WYDパナマ大会:教皇「十字架の下に留まったマリアに学ぶ」より教皇様の言葉をを抜粋します。

      「イエスのカルワリオへの苦しみと孤独の歩みは、今日にも続いている」

・消費しながら、自らをもすり減らす社会は、人々を他人の苦しみに無関心にさせる。イエスは見捨てられた人々の中で、今日も歩み、苦しんでいる。

・キリストの友であるべきわたしたちも、無気力と順応主義に打ち負かされ、麻痺した結果、苦しむ兄弟の中にイエスを見出せず、見ないために目をそらし、聞かないために雑音で紛らわし、叫ばないために口を閉じている。

・長いものに巻かれるのが容易なように、弱い人へのいじめや、嫌がらせ、脅しの文化に陥るのは容易であるが、これに対し、イエスは、値しないと思われているすべての人を抱擁することを望まれた。

・主は十字架の中に、様々な状況を抱えるすべての若者たちの十字架の道行きを一つにし、それを復活への道へと変容してくださる。

・十字架の道行きの中で、生まれること、家族の中で育つことを阻まれた子どもたち、搾取され、尊厳を無視された女性たち、犯罪や麻薬やアルコール、人身取引の犠牲になる青少年、未来を夢見ることができない若者たち、見捨てられたお年寄り、土地やルーツや文化を脅かされる先住民族たち、を見出すことができる。



苦しむ人たちの顔の中を歩まれるイエスに、わたしたちは何ができるのでしょう。
イエスの十字架の下に留まったマリアの勇気、苦しみの前に折れず、心を閉ざさず、寄り添う、その強さ、優しさ、信仰を、マリアから学びましょう。


平穏無事な時は神に信頼することが簡単に感じられますが、思いがけない苦難に出会うと、あったはずの神への信頼が揺らぐ・・・
そんな時この詩と出会いました。


「すべてを神に」
      
ときおり勇気がくじけようとも
かたく、かたく神に頼れ、わが心よ、
自分の勇気でなしとげたものはなに一つない、
おのが勇気をたのむな。
そうすればおまえの一生の道は転じて、
みめぐみが注ぎはじめる。

そうすれば、主の力はいやまさり、
もはや古きおまえではない
おまえの姿の中で、主がはたらかれ、
闇と光、
人間とキリストとが
ぶつかり合うことはない。

                   カール・ヒルティ


「かたくかたく神に頼れ・・・」私たちの母、聖女ホアキナの徳の一つは信頼でした。

聖女ホアキナの手紙を見てみるとそれがよくわかります。
新しい事業を始めるにあたって:「神様の助けによってすべてがうまく運ぶでしょう。大きな信頼をお持ちなさい。すべてのことが考える以上にうまくいくでしょう。」

息子の問題の中で:「神様がきっと道を開いてくださるでしょう。なぜなら、神様は決して私たちをお見捨てにならないのですから。」

病気の時に:「良いイエスと聖母マリア、そして諸聖人に信頼なさい。それらは人間の薬より、もっとよく効きます。」

あらゆる悩みの時に:「十字架の道において、それを全部担ってくださるのはイエス様です。」

また、聖女ホアキナの周囲の人たちからの証言からもわかります。
「マドレ・ホアキナは、宗教的信仰の高みから、祈りと神との交わりによって絶えず照らされ、あらゆる絶望に反して、希望することを知っていました。」


四旬節、今は神に立ち返る時・・・
神様は私たち人間を深く愛していました。
だから、アダムによって始まった罪の闇から救いたかったのです。
そのために、愛する一人子をこの世にお与えになりました。
神の一人子イエス・キリストは、私たちを罪から救うために、苦しみを受け十字架の上で亡くなられたのです。
神様の愛は自分を無にして与えつくす愛です。
すべての人が無条件で愛されているのです。
あなたも私も。


困難に出会うと迷いや疑いが生じます。
それが、弱い人間の姿です。でも、この詩のようにそしてホアキナのように、人間の弱さを全部ご存知のイエス様に信頼して進んでいけばいいのです。四旬節の歩みの中で、あなたの深い愛を知りあなたへの信頼を深めることができますように。


2月26日の「灰の水曜日」から、四旬節に入りました。4月12日の「ご復活」を迎えるまで、
よい準備ができますように。



共同体に掲示されている、四旬節を過ごす心構えが、バーン!!と目に飛び込んできました。
「自分を荒れ野に置くこと」主に立ち帰って、心から回心の恵みを願います。

毎年発表される教皇様のメッセージですが、今年のテーマは「キリストに代わってお願いします。神と和解させていただきなさい」(2コリント 5,20)です。

教皇様のメッセージを深めながら個人的にそして共同体でも、お互いに静けさを保ち、祈りのうちに過ごしていきたいです。

教皇様のメッセージを読んで次の言葉が心に響きました。

「過ぎ越しの神秘を深く観想することは、有益なことである。この神秘のおかげでわたしたちに神のいつくしみがもたらされたのである。神のいつくしみの体験は、十字架につけられ復活された主と一対一で向き合う、心と心の対話、友と友との対話によってのみ可能である。」

これを読みながら、ふと創立者を思い出したのです。
聖女ホアキナは、キリストの神秘の中で特に主の苦しみの神秘を好んで黙想していました。もしかしたら、神のいつくしみの体験を創立者はしていたかもしれませんね。

1825年、四旬節の初めに息子にあてた手紙。
「私たちのために、十字架の上で生命をお与えくださる主のことを考えるように」と娘たちに伝えてください。この四旬節中、心を合わせて深く潜心して生きるよう、そして私たちの心にただ良いイエスが憩われますように努めましょう。


今年の創立記念日が、灰の水曜日であったことは何か大きな意味を感じます。1826年2月26日は四旬節第3主日でした。

主よ今の苦しみがただの苦しみで終わることなく、復活につながることを悟らせてください。